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広島地方裁判所 昭和60年(行ウ)14号 判決

広島市中区鶴見町八の一一の一〇一

原告

伊川千恵

右訴訟代理人弁護士

阿左美信幸

佐々木猛也

坂本宏一

右訴訟被代理人弁護士

池上忍

広島市中区上八丁堀三の一九

被告

広島東税務署長 佐藤信久

右指定代理人

横葉一人

角満美

岡田克彦

原野秀美

戸田哲弘

米森英次

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が別表1記載のとおり昭和五九年二月二四日付でした原告の昭和五五年、昭和五六年及び昭和五七年分の所得税の各更正処分(但し、同表記載のとおり昭和五五年分については異議決定により、昭和五七年分については裁決によりそれぞれ一部取消後のもの)並びに各過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額が昭和五五年分一五四万二〇六二円、昭和五六年分一九一万四七八九円、昭和五七年分一一五万七四四九円をそれぞれ超える部分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は飲食店を経営している者であるが、被告に対し昭和五五年、昭和五六年及び昭和五七年分の所得税について別表1の確定申告欄記載のとおり確定申告したところ、被告は同表の更正欄記載のとおり更正処分及び過少申告加算税賦課決定をした。

2  右各更正処分及び賦課決定に対する異議申立及び審査請求並びにこれに対する異議決定及び裁決は同表の同各欄記載のとおりである。

3  被告は本件各更正を推計によりしたが、本件各更正は次のとおり違法であり、同各更正を前提とする本件各過少申告加算税賦課決定も違法である。

(一) 税務調査の違法

被告は本件各更正をするに際し、税務調査をしたが、納税は自主申告に基づいてすることが憲法及び法律で定められているから、税務調査は、申告が適正でないと判断すべき合理的疑いが客観的にある場合に、被調査者の利益も最大限に尊重したうえで例外的に認められるにすぎないところ、本件調査担当の松尾洋生は統括官から申告内容の確認をするようにというだけの指示で調査を開始し、原告に調査の事前通告も調査理由の開示もせず、最初の臨宅から二週間程度しか経たないうちに取引先や顧客の一部に反面調査に入ったものであり、本件税務調査の違法性は甚だしく、このような違法な調査を前提としてした本件各更正処分は違法である。

(二) 推計の必要性の不存在

推計は、納税者が帳簿書類等の資料を備え付けていない、或いは、その資料が不正確であったり、税務調査に対し資料の提供を拒むなど非協力的である等の理由により課税標準の実額を把握できない場合に限られるところ、本件は右要件を満たしていない。

(三) 推計の不合理性

原告の各年度の事業所得の金額は、別表2の事業所得欄に括弧書きした金額であるところ、被告は原告の営業実態に即しない不合理な推計をしたため、原告の所得金額を過大認定した。

4  よって、請求趣旨記載の本件各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定の取消しを求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1、2の事実は認める。

2  同3のうち、本件各更正に際し、被告が原告に対し税務調査をしたこと及び推計により右各更正をしたことは認めるが、その余は争う。本件税務調査は適法になされたが、仮に、同調査に違法があっても、税務調査の手続自体は課税処分の要件ではないから、更正処分等の取消事由とはならない。

三  被告の主張

1  推計の必要性

被告は原告に対し再三にわたり所得金額の計算が可能な帳簿書類等の提示を求めたが、原告は税務調査の終了に至るまでこれらを提示しなかったから、実額によって原告の各係争年分の所得金額を計算することができなかった。なお、原告は異議申立に係る調査において初めて出納帳(昭和五五年一二月末から昭和五八年一月一四日までの間の預金及び現金の双方を一つの帳簿として記載したもの)、料理飲食等消費税領収証(公給領収証)控え(昭和五五年五月二一日から昭和五七年八月二四日までの間のもの)及び仕入その他の必要経費に係る領収書(昭和五六年及び昭和五七年分の各一部)を提示したが、右公給領収証は仕入数量の一部の売上のものにすぎず、右出納帳記載の売上金額と右公給領収証(控え)記載の売上金額とが殆ど一致せず、更に、右出納帳記載の売上金額が正確に記載されたことを裏付ける売上伝票等の証拠が一切なく、記載内容も取引銀行の振込金額と一致しない等により、右出納帳記載の売上は記載漏れのない適正なものとは到底いえないものであり、売上を実額で計算することはできない。

2  原告の各係争年分の売上金額、売上原価、経費及び総所得金額は別表2記載のとおり(括弧書きした金額を除く。)であり、その算出方法は次のとおりである。

(一) 売上原価

(昭和五六年及び昭和五七年分について)

酒類等の仕入先である株式会社白菱及び住田株式会社からの仕入金額(昭和五六年二二三万五八七四円、昭和五七年一五五万四八二〇円)及び右両会社以外からの現金仕入額(前記出納帳記載の金額、昭和五六年一六〇万〇〇九二円、昭和五七年一二九万四五六〇円)の合計額。

(昭和五五年分について)

右両会社からの仕入金額(但し、昭和五五年八月分については確認できなかったので、同年八月を除く他の一一か月間の一か月の平均金額一五万六一六九円を同年八月分の仕入金額と認定して合計した金額一八七万四〇二七円)及び右両会社以外からの現金仕入額(昭和五五年分については出納帳の指示がないため、直近の昭和五六年分の酒類等の仕入金額に対する現金仕入等の金額の割合〇・七一五六を昭和五五年分の酒類等の仕入金額に乗じた金額一三四万一〇五三円)の合計額

(二) 売上金額

原告の事業内容に基づいて設定された次の条件を満たす原告と業種業態等の類似する同業者で、機械的に抽出された一三名(乙第四号証の一ないし三に記載のAからMまでの一三名)の売上に対する差益金額(売上から売上原価を控除した金額)の比率(差益率)の平均値である昭和五五年分〇・八三八六、昭和五六年分〇・八三七二、昭和五七年分〇・八三八五を用いて、右原告の売上原価から推計した。

(1) スナック又はスタンドバーを営む者で昭和五五年分ないし昭和五七年分の各年分を通じて所得税の確定申告を青色申告書により提出することの承認を得ている者

(2) 各年分に係る所得税について不服申立又は取消訴訟が係属中でない者

(3) 店舗の所在地が広島市中区のいわゆる流川町界隈である者

(4) 各年分の中途において開業又は廃業をしていない者

(5) 各年分を通じて営業場所を移動していない者

(6) 酒屋からの仕入内容は酒類のほかジュース類等の飲料及び調味料程度であって、その他の材料等は別途に仕入れている者

(7) 酒屋からの仕入金額が売上原価のうちに占める割合は、各年分とも概ね五五ないし六〇パーセントに近似した者

(8) 酒類の売上単価等が原告のそれ(ボトルキープ(サントリーオールド)七〇〇〇円、テーブルチャージ一〇〇〇円、ビール(小びん)六〇〇円、ウイスキー水割六〇〇円、つき出し五〇〇円、ミネラル六〇〇円)と近似した者

(三) 地代家賃を除く経費(以下、一般経費という。)

(昭和五六年及び昭和五七年分について)

原告作成の出納帳、一部提示のあった領収書及び国税不服審判所長が裁決で認定した額を基に検討して把握した金額である。

(昭和五五年分について)

不明であり、実額で計算することはできない。

(四) 地代家賃

昭和五六年及び昭和五七年分は、右出納帳に記載された金額であり、昭和五五年分は、店舗の賃貸人である小川泰弘に確認した金額である。

(五) 事業所得

(昭和五六年及び昭和五七年分について)

売上金額から売上原価、一般経費、地代家賃を控除した金額である。

(昭和五五年分について)

一般経費が不明のため、昭和五六年分の売上金額から売上原価及び一般経費を控除した算出所得金額の売上金額に対する割合(算出所得率)〇・四一四九を昭和五五年分の売上金額に乗じて算出所得金額を算定し、これから地代家賃の額を控除した金額である。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

1  別表2の被告主張の売上金額、売上原価、経費、事業所得のうち、原告主張の金額と異なる部分は、その下に括弧書きして書かれた金額の部分であり、その金額が原告主張の金額である。その余の金額は認める。

2  伊川ノート(乙第二号証)は店の関係の金銭の動きを把握するために確認の都度記入したものであり正確であり信用できる。銀行の振込額より右ノートの記載額の方が少ないということもない。仕入金額や経費の額が信用できて売上が信用できないということはありえない。

3  被告の推計の合理性の欠如

被告が類似同業者の選定基準の一つにした被告主張の2の(二)の(7)の「五五ないし六〇パーセントに近似した者」に該当する者を青色申告書及びその添付書類から抽出することはできないので、多数の同業者の右割合を把握するには膨大な事務量となり、右該当者を全員抽出することは不可能に近い。したがって、被告主張の一三名が無作為に抽出されたとは到底いえず、その抽出過程に合理性がない。また、右一三名のなかには被告主張の選定基準を満たしているか疑問な者もいる。原告は普通のスタンドバーと特に違いのない店であり、酒類等の仕入金額が売上原価に占める割合は八〇パーセントを超えている。原告の営業及び生活実態の特殊性から酒の自家消費及び酒以外の仕入の自家消費が相当あるのに、被告はこれを考慮しないで、五五ないし六〇パーセントに近似した者という条件を設定した。右割合に該当する者は普通のスタンドバーより料理のメニューに手のかかるものをだすとかその他の特殊事情のある店であって、原告と類似の同業者とはいえず、右選定基準は不合理である。更に、被告は右自家消費されたものについても顧客に売却されたものとして売上原価に入れ、右一三名の差益率を用いて推計したため、例えば一二二万円の自家消費が七五五万円の売上があったように推計されることになり、原告の所得が全く実態を離れた高額なものになっている。

4  原告主張の金額の算出方法

(一) 売上金額

(昭和五六年及び昭和五七年分について)

伊川ノート記載の売上の合計額に酒類及び酒類以外の仕入の自家消費額を加えた金額である。酒類の自家消費額は、一か月少なくともサントリーオールド五本(当時一本二〇〇〇円)を持ち帰り自家消費していたので、一年間で一二万円となる。酒類以外の仕入の自家消費は、酒類以外の仕入が原告と類似した店で通常売上の三パーセントを占める(三パーセントとして計算すると、原告の場合酒類等の仕入金額の売上原価に対する割合がほぼ八〇パーセントとなり、このことからも右三パーセントとみるのが合理的であることが裏付けられる。)から、昭和五六年分の場合、右ノート記載の仕入の合計額一六〇四円及び右一二万円との合計額一二五万九六〇四円が右自家消費額となる。昭和五七年分についても右と同様の方法によった。

(昭和五五年分について)

伊川ノートが残っていないので、原告の昭和五六年及び昭和五七年分の酒仕入倍率の平均値(八・一九倍)を用いて酒類の仕入額から売上金額を推計した。

(二) 売上原価

(昭和五五年分について)

原告の昭和五六年及び昭和五七年分の各売上金額に対する売上原価の割合の平均値(〇・二一九)を昭和五五年分の売上金額に乗じて算出した。

(三) 経費

(昭和五六年分及び昭和五七年分について)

(1) 旅費交通費

原告は店への出勤は必ず往復タクシーを利用していた。伊川ノートには片道相当分しか計上していないので、その金額を二倍した。

(2) 通信費

原告は、自宅の電話もその殆どが顧客に店に来てもらうための勧誘など営業に資するために使用しており、自宅の電話使用料のうちの五〇パーセントは経費として認められるべきであるから、その金額を計上した。

(昭和五五年分について)

昭和五六年及び昭和五七年分の一般経費の売上に対する割合の平均値〇・六四三を昭和五五年分の売上金額に乗じて算出した。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  更正処分等の手続について

証人松尾洋生の証言及び原告本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)によれば、被告の調査事務担当係官の松尾洋生は、上司の統括官から原告が申告した昭和五五年分から昭和五七年分までの内容が正確か否かを確認するように指示され、昭和五八年一〇月ころ、原告に対し税務調査することを事前に通知することなく原告の自宅を訪れ、原告に昭和五五年分から昭和五七年分までの所得税の調査に来たことを告げ、帳簿書類の記帳状況及び申告の経緯等を質問したこと、これに対し原告は、「公給領収証は作成しているが、その他の書類は作成していない。申告は公給領収証を基にした。公給領収証の控えは民商の事務局に届けてあるのでここにはない。酒は住田株式会社から仕入れている。」旨答えたこと、そこで、右松尾は原告に対し右公給領収証の控えを二、三日中に自宅に持ち帰っておくように依頼してその日の調査を終えたこと、右松尾はその後数回電話で原告に右の点を依頼したうえ、原告の自宅を訪問したが、原告は右松尾の要求にも拘らず右領収証の控えを提示しようとせず、結局原告は右松尾に対し昭和五五年分から昭和五七年分までの申告内容の裏付けとなる資料を全く提示しなかったこと、そこで、被告は同年一一月ころ原告の仕入先の住田株式会社に反面調査をして原告の所得を推計したこと、昭和五九年一月の終りころ広島民主商工会の事務局員が原告の売掛帳の一部のコピーであると言ってこれを被告に提示し、貸し倒れがあることを主張したことがあるが、右コピーは原告の所得の計算には役立たなかったことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は直ちに信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、被告は、原告が裏付け資料を提示しないため、原告の昭和五五年、昭和五六年及び昭和五七年分の各所得金額を実額によって把握することができなかったということができる。

原告は、税務調査開始の客観的必要がないうえ、事前通知を欠き、調査理由も開示しなかったこと等を理由に右税務調査は違法であると主張するが、右税務調査は、調査権限を有する被告職員において原告の申告内容等からその正確性について調査の必要性があると判断したものであり、また、調査の日時等の事前通知、調査理由の告知は調査を行ううえの法律上の条件とされておらず、権限ある税務職員の合理的な選択に委ねられていると解すべきであるから、右税務調査に違法があるとはいえない。のみならず、課税処分は課税標準の存在を理由にされるものであるから、税務調査手続に何らかの違法があったとしても、それが全く調査を欠き、或いは、公序良俗に反する方法で課税処分の基礎資料を収集したなどの重大なものでない限り、課税処分の取消原因にならないと解すべきであり、原告の主張する違法理由は右の場合に該当しない。

以上によれば、被告が原告の所得金額を推計によって計算し、それを基に本件各更正及び本件各決定をした手続については何ら違法はないというべきである。

三  そこで、原告の各係争年分の所得金額について判断する。

1  売上原価

昭和五六年分の売上原価が別表2の売上原価欄記載の金額であること及び昭和五七年分の売上原価が少なくとも二八一万九九四〇円であることは当事者間に争いがない。昭和五七年分について右金額と被告主張額との差額二万九四四〇円が売上原価になるかについてみるに、被告は住田株式会社からの仕入額全額を売上原価に入れて主張しているところ、成立に争いがない乙第八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる乙第六号証の三及び証人三嶋至の証言によれば、原告が住田株式会社から仕入れた昭和五七年四月三日のサントリービール四四四〇円、同年一〇月二日のキリンビール五〇〇〇円、同年一一月八日のキリンビール二万円合計二万九四四〇円は進物用のものであることが認められるから、右金額は売上原価に計上すべきではない。したがって、昭和五七年分の売上原価は二八一万九九四〇円となる。

昭和五五年分については、同年八月の株式会社白菱及び住田株式会社からの仕入額並びに同年分の現金仕入額を認めるに足りる証拠がなく、前記乙第八号証、証人三嶋至の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は同年八月も他の月と同様に営業していたこと、昭和五五年も他の年と同様に現金仕入があったことが認められるから、右不明の部分については推計により算定せざるをえず、その方法は被告主張の方法でするのが合理的であるといえる。原告は、昭和五五年分の売上原価について、昭和五六年及び昭和五七年の売上金額と売上原価との比率を用いて推計すべきであると主張するが、後記説示のとおり昭和五五年分ないし昭和五七年分の売上金額を実額により算定することができないので、右方法は採用できない。

前記乙第八号証、原本の存在及びその成立に争いがない乙第二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる乙第六号証の一、二、第七号証の一ないし四によれば、原告が昭和五五年一月から同年七月までの間住田株式会社から仕入れた金額及び同年九月から同年一二月までの間株式会社白菱から仕入れた金額の合計額は一七一万七八五八円となり、それを一一か月で除した金額を加えると、一八七万四〇二七円となること、昭和五六年分の酒類等の仕入金額は二二三万五八七四円であり、現金仕入等の金額は一六〇万〇〇九二円であり、この両者の割合は〇・七一五六となることが認められ、右一八七万四〇二七円に右割合を乗じると、現金仕入等の金額は一三四万一〇五三円となるので、昭和五五年分の売上原価は三二一万五〇八〇円となる。

2  売上金額

(一)  出納帳と題するノート(乙第二号証)中の売上の正確性について

前記乙第八号証、成立に争いがない乙第九号証の二、三、弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる乙第五号証の一、二、証人三嶋至、同河辺尊文の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和五五年、昭和五六年及び昭和五七年分の各所得税の確定申告を、右ノートによらないで原告が所持していた伝票等を基に計算してし、更正処分に対する異議申立の段階になって初めて右ノートを被告に提示したが、被告が右ノートを調べたところ、右ノート記載の仕入、経費は原告提示の領収書とほぼ一致したが、売上については公給領収証と殆ど一致せず、この点について原告は被告に対し売上の公給領収証は金額を多く書いたりしたことがあると説明したのみで、他に右売上を裏付ける帳簿書類の提示はなかったこと、また、右異議調査の際は、原告は被告に対し右ノート記載の売上は現金売上と掛売上の両方を含むと述べていたが、審査請求の際は、右説明を変更し、右売上は現金売上だけであると主張したこと、銀行振込みによる掛売上の入金額と右ノート記載の掛売上の日々の入金額とを対比してもその対応関係が不明であり、相当の記載漏れがあることが認められる。また、原告は、本人尋問において、右売上について個人別の伝票に基づいて記載したが、その伝票や掛売上の入金を確認していた掛帳簿はいつかわからないが紛失したと供述しており、右ノート記載の売上が正確であることを確認できる帳簿書類は全く無い。更に、原告は右ノートの記載上赤字になる日があるのに支払ができていることについて、他から個人的に借金したのがあり、店と関係がないから右ノートに記載していないと供述するが、右借金を裏付ける証拠がないばかりか、右借金から店の支払に充てたのであれば、右借金は店の営業と関係があるうえ、前記乙第二号証及び原告本人尋問の結果によれば、右ノートには一部個人的支出も記載されていることが認められるので、右記載方法に一貫性がなく、右供述も直ちには信用できない。

以上によれば、右ノート記載の売上がすべての売上を記載した正確なものであるとは到底いえない。

(二)  そして、他に売上金額を実額で認定できる証拠がないので、売上金額は推計により算定せざるをえない。

(三)  類似同業者について

証人砂村暁彦の証言により真正に成立したことが認められる乙第三号証、第四号証の一ないし三及び右証人の証言によれば、被告は国税局長の通達に基づき、スナック又はスタンドバーを営む者で、昭和五五年分から昭和五七年分までの三か年分について被告主張の八つの条件のすべてを満たす者を選定することになったが、右条件のうち、酒類等の仕入金額が売上原価のうちに占める割合は、多くの者が八〇パーセントを超えていて、五五ないし六〇パーセントの者は非常に少ないため、同パーセントに近似する者として、右六〇パーセントの増減三〇パーセント、即ち、四二ないし七八パーセントの者を選定することとし、被告は青色申告書や被告の把握している資料、電話による聴取、面接等により調査して判明した者のうち、右基準のすべてに該当すると被告が判断できた者は、乙第四号証の一ないし三記載のAからMまでの一三名であったことが認められる。そして、成立に争いがない甲第五号証の二及び証人河辺尊文の証言によれば、広島民主商工会事務局員河辺尊文が原告の類似同業者として選定した二名(甲第五号証の二記載のA、B)の差益率の平均値は、〇・八三五〇となることが認められ、右一三名の差益率(乙第四号証の一ないし三によれば、多くが八二ないし八四パーセント台であることが認められる。)殆ど同じになっていることなども併せ考えると、被告が右一三名を選定した過程に被告の思惑や恣意は介在していないものということができる。そして、右一三名の売上金額等の数値は青色申告書に基づくものであり正確であるといえる。

前記乙第四号証の一ないし三及び証人砂村暁彦の証言によれば、同号証の一ないし三記載のFを除く一二名は右選定基準(但し、酒類等の仕入金額が売上原価に占める割合は四二ないし七八パーセントの者)のすべてに該当し、右一二名の右割合はいずれも五三・五ないし七七・七パーセントになっており、酒類及びその他の売上原価合計額も一七〇万円から四八二万円になっていることが認められる。そして、前記乙第二号証、第六号証の一ないし三、第七号証の一ないし四及び原告本人尋問の結果並びに前記三の1で認定した事実によれば原告は昭和五五年から昭和五七年ころまでの間、広島市中区胡町二-二七でスタンドバーを経営し、酒類等の売上原価合計額に占める割合は、昭和五五年から三か年分とも五四・五パーセントないし五八・三パーセントになっていること、原告の店の酒の主要銘柄はサントリーオールドであることが認められる。

以上によれば、前記Fを除く一二名は、原告の業態、営業の場所、事業規模(売上原価)等において類似している同業者であるということができる。なお、右Fは酒類等の売上原価の売上原価全体に占める割合が昭和五六年分が四二・九パーセントであって五〇パーセントを切り、ボルトキープもなく、テーブルチャージも四〇〇円であることから、原告と営業状態が類似しているといえるか疑問であり、推計の資料としては右Fを除外するのが相当である。原告は自家消費が相当あり、これを売上原価から控除すると、酒類等の売上原価の売上原価全体に占める割合は八〇パーセントを超え、また、原告は普通のスタンドバーと特に違いはないことからも右割合は八〇パーセントを超えるといえるから、右選定された者と営業実態が異なり類似性がないと主張するが、原告の自家消費については後記認定のように原告が他の同業者より特に多かったことを認めることができず、また、普通のスタンドバーの多くが右割合が八〇パーセントを超えているとしても、スタンドバーのすべてが右割合を超えているかについて、これに沿う証人河辺尊文の証言は直ちに信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。更に、前記乙第四号証の一ないし三によれば、前記一二名の右割合は、昭和五五年から三年間を通じ五三・五パーセントないし七七・七パーセントであり、右一二名のうちの多くの者が六〇パーセント台であること、右割合の差異は差益率に影響していないことが認められるから、仮に原告の右割合か八〇パーセント位であったとしても、右一二名の者と右割合が約二〇パーセント弱違うだけであり、どちらも飲酒を主体とするスタンドバーもしくはスナックに変わりはなく、営業実態が異なるとはいえないし、差益率にも影響しない。

(四)  推計

前記乙第四号証の一ないし三によれば、前記一二名の類似同業者の差益率の平均値は、昭和五五年分の〇・八四〇七、昭和五六年分〇・八三八三、昭和五七年分〇・八三九三であることが認められる。そうすると、原告も右類似同業者と同様に右割合による差益(売上金額から売上原価を控除した金額)を挙げえたと推認するのが合理的であるから、右差益率を用いて推認すると、原告の売上金額は、昭和五五年分二〇一八万二五四八円、昭和五六年分二三七二万二七三三円、昭和五七年分一七五四万七八五三円となる(売上原価÷(一-差益率))。しかし、昭和五五年分及び昭和五六年分の右各売上金額は被告主張額を上回るので、被告主張の金額の限度で売上金額を認定する。

原告は、酒類及びそれ以外の仕入の自家消費が相当あるから、推計に当ってはこれを除外すべきであると主張するが、右一二名の同業者においても自家消費はある程度あることが推認され、原告が右同業者よりも特に多かったかについて、これに沿う原告本人尋問の結果はその裏付けとなる資料が全くないので直ちに信用できない。また、酒類以外の仕入の自家消費は通常売上の三パーセントであるとか、原告の酒類等の仕入金額の売上原価全体に占める割合が計算上八〇パーセント位にならないで、五五ないし六〇パーセントになるのは自家消費額を売上原価から控除していないからであるという主張も根拠がなく採用できない。その他、原告の場合類似同業者より特に自家消費が多かったことを認めるに足りる証拠はない。自家消費額は売上金額に入れて申告することになっており、(所得税法三九条)、右一二名の者の売上も自家消費を含んでいるとみられるから、前記差益率自体に普通程度の自家消費の存在は反映されている。

ところで、スタンドバーの場合、酒類等の売上原価と売上との割合(売上倍率)によって売上を推計するのも一つの合理的な方法と考えられるところ、前記乙第四号証の一ないし三によれば、前記一二名の右売上倍率の平均値は、昭和五五年分一〇・三〇、昭和五六年分九・五八、昭和五七年分九・八九であることが認められ、これにより原告の売上を参考のため推計すると、昭和五五年分一九三〇万二四七八円、昭和五六年分二一四一万九六七二円、昭和五七年分一五三七万七一六九円となる。前記推計による売上金額より少なくなるが、右売上倍率を用いた推計による売上金額によって後記認定の経費等を控除して事業所得を計算しても、本件更正処分(異議決定及び裁決により一部取消後のもの)による所得金額を上回ることには変わりはない。

3  経費

(一)  括弧書きした金額の記載のない経費については当事者間に争いがない。

(二)  旅費交通費

少なくとも昭和五六年分が二六万八八六〇円、昭和五七年分が二七万五三一〇円であることは当事者間に争いがない。原告は往復タクシーを利用していたと主張するが、これに沿う原告本人尋問の結果は、右往復のタクシー代金の支出をノート(乙第二号証)に記載していないので直ちに信用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三)  通信費

少なくとも昭和五六年分が一四万三一三二円、昭和五七年分が一四万五七〇四円であることは当事者間に争いがない。前記乙第八号証によれば、右金額は原告の店舗の電話使用料及び自宅の電話使用料の二割の金額の合計額であることが認められるところ、原告は自宅の電話使用料の五割が経費として認められるべきであると主張するが、これに沿う原告本人尋問の結果はその裏付けとなる資料がないので直ちに採用できず、他に右五割の金額が営業のためのものであったことを認めるに足りる証拠はない。

(四)  接待交際費

昭和五七年分が少なくとも七万一九九〇円であることは当事者間に争いがない。前記乙第八号証によれば、原告の主張額との差額二万九四四〇円は原告が住田株式会社から進物用として仕入れた分であることが認められるが、右品物を店の営業のために使用したものか否か不明であるから、これを直ちに交際費として認めることはできない。

4  事業所得

(昭和五六年分及び昭和五七年分について)

前記認定の売上金額から売上原価及び経費を控除すると、昭和五六年分か、九二〇万一三四七円、昭和五七年分が五四三万一一八八円となる。

(昭和五五年分について)

一般経費が不明であることは当事者間に争いがないから、推計によって事業所得を算定せざるをえないところ、原告は昭和五五年分も昭和五六年分の算出所得率(昭和五六年分の売上金額から売上原価及び一般経費を控除した算出所得金額の売上金額に対する割合〇・四一四九)と同率で右所得を挙げえたと推認するのが合理的であり、この方法で推計すると、昭和五五年分の算出所得金額は八二六万四七八七円となり、これから地代家賃五七万六〇〇〇円を控除すると、事業所得は七六八万八七八七円となる。

四  以上によれば、原告の各係争年分の所得金額はいずれも本件各更正処分(昭和五五年分については異議決定により、昭和五七年分については裁決により一部取消後のもの)による所得金額を上回るから、本件各更正処分はいずれも適法であり、右所得額があることを前提になされた本件各過少申告加算税賦課決定(右異議決定及び裁決により一部取消後のもの)もまた適法である。

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡浩 裁判官 土屋靖之 裁判官柴田美喜は退官のため署名捺印できない。裁判長裁判官 吉岡浩)

別表1

課税の経緯

〈省略〉

別表2

事業所得の計算

〈省略〉

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